原作は未読で、スウェーデン版も未見なので、内容はさっぱり調べないで気の向くままに観た。劇場はやはり横浜ブルク13で。
内容は、考えをまとめているうちにこれラブストーリーだなと気づいた。
40年前の怪事件を雑誌の記者が探偵として暴いていくストーリーだって説明は嘘ではないのだが、少なくともデビット・フィンチャーの描きたかったものは違っていた。もっとも、原作もミステリーとして売れていたのなら謎についての考察サイト等もっとあっても良いはずであって、売り文句も”謎”を売りにするはずだから、これでいいのだと思う。相変わらず日本の映画産業における広告のセンスのなさはため息が出てしまう。
・話題のOPについて
映画が始まってすぐのOP映像では音楽にレッド・ツェッペリンの『Immigrant Songs』が使われていて、ネットの意見だととてもイカしてるだとか絶賛されているのだが、僕はあまり受け付けないものだった。
映像が黒く、ヌラヌラとした原油のようなものにあふれていて、人間が人間らしきものを殴るなど実に威圧的で暴力的で、まさにこれから始まる映画を予見させるものかなと思いながら観ていた記憶がある。「『SE7EN』っぽいかもな」と同監督の作品を思わずにはいられなかった。
・人物描写をシーンとともに解体してみる
映画の前半では、まだリスベット(ドラゴン・タトゥーの女)とミカエル(雑誌の記者)は出会っておらず、二人がタッグを組むまでの二人の人物像の掘り下げを徹底して行っていた。
中でもリスベットは不遇な人物で、その彼女の”日常”を描く際には、やはり周囲の人物もある程度人物像を掘り下げておかないと嘘っぽくなってしまう。つまり、彼女に不幸をもたらす存在がなにをしているかの描写だ。
この物語は、お話の頭からミカエルが自社の編集長である人妻と不倫していることが話されるし、リスベットの周りの人物も強姦魔やひったくりなどどうしようもない奴らばかりだ。
もちろんキリスト教圏においては、日本よりこれらの行為に対する嫌悪感があるから、いっそう表現としてセンセーショナルだったろう。
彼らが性衝動や暴力性を露にするシーンの連続の最後に、社会性を示す人間たちのシーンが挿入されるのだが、これが人間の表と裏をありありと浮き彫りにしていて、その技法に感嘆すると共に気分の悪くなるような吐き気すら催すほどだった。
Q.(リスベットは)ほとんど笑顔もないですね。A.レズビアンの相手を見つけるシーンでは笑顔を見せるよ。リスベットの性格がよくわかるのは、レイプされるシーンだ。(中略)ここでは観客が不快に感じるべきなんだ。映画の一部になり、キャラクターに共感し、彼らの問題を共有することだから。(via映画パンフレット)
こう見ると、フィンチャー監督の手法にまんまと引き込まれていったのだなぁと後でパンフレットを読んでいるときにほくそえんでしまう。
また、美術監督は全てのデザインに、自身が強く関心をもつ「日常生活の下に流れる欺瞞」を反映させたという。
映画はチームで作るものだから、シーン作りにはこういう部分も活かされているのだろう。
また余談になるが、『SE7EN』の時はあまりの救われなさに憤りすらおぼえた私だが、今回はリスベットの正義に基づく制裁シーンがあるので、幾分かせいせいした気分になるのもまた良かったと思う。ある種のこれからの自分の作品へのメッセージだとしたら面白い。
・構成から見るシーンと人物
『ドラゴン・タトゥーの女』を観ているとき、とても気になったのが冒頭のミカエルが雨にうたれて店に入ったあと、店をでてタバコの箱をゴミ箱にぶっきらぼうに捨てるシーンだ。
「なぜわざわざ別カットで手元を映したのか」という疑問がずっとあった。
配給がソニーピクチャーズだからウォークマンを使うなど配慮する場面もあったが、タバコ会社はスポンサーでなかったように思う。
物語のなかで、あともうワンシーンだけ登場人物がものをぶっきらぼうにゴミ箱に捨てるシーンがあるのだが、ラストのリスベットのあのシーンだ。
リスベットは他人を避け、信用せず、以前の後見人だけに気を許して生きていたのが、ミカエルの存在によって価値観を大きく変えることとなる。
しかし結局「誰かを信じようなんてばかなことだった」と思わされる事件が彼女の身に降り掛かるのだが、その直後に流れる曲がある。『Is Your Love Strong Enough』というタイトルで、歌詞は"Is your love strong enough?"の繰り返しが多く、愛についての問答だ。
またミカエルとリスベットの出会いはクリスマスで、別れもクリスマスとなる。
均整のとれた調和の構成の中に、リスベットが得て変わったものはなんだったのだろうか。
リスベットは、見た目が奇抜なだけ表情が活きる。ミカエルのことを非常に慕うようになっていたのは、観ていてすぐわかるだろう。
ある種女らしくなっていたのも、その変化のうちであると感じた。
この"Is your love strong enough?"というのは、ミカエルに対する問いかけではないだろうか。彼女はもちろんそんなことをいう性質にまで人間がかわってしまったとは到底思えないが、あの冷徹な面持ちの中に人間性がつまっているのは、例えば猫を助けてあげていたと思われるシーンなど随所にちりばめられていることから十分確かだと言えよう。
別れのクリスマス、日常に戻ろうとして見えるミカエルにタバコを差し出すリスベットは、まるで冗談をいったら笑いそうな女の子のように見えるのだ。
リスベットは精神に障害があるのは事実だし、信頼の表し方もいきなりセックスに持ち込むあたりとても不器用だ。そんな彼女が"Is your love strong enough?"などと思うのも、行動や表情として本人にはとても表しがたくも、その内に持ち得ている感情だと思えてならない。
・散文
この映画、158分ととても長いのだが、それを感じさせないほど引き込まれた。
内容はやはりR+15だけあって暴力描写が強い。グロテスクな場面はないので、そこは安心してもいいと思う(OP映像をのぞく)。
また事件のテーマもなかなかに重く、気軽に恋人同士友達同士でわーわー喋るような種類でもないので、そういった点に気をつければとても面白い作品だと思う。