すべらきのすべらない話#01 LA LA LAND



人生は選択の連続だ。


こんなに使い古された陳腐な言葉を「それもありかな」と肯定できるようになったのは、少しだけ大人になってきたせいだろうか。


三月は人生の中で選択してきた自分自身を見つめ直す期間だと、僕は思う。
ある人は高校を卒業する期待感とは裏腹に、その高校生活をしみじみと振り返って、打ち込んだサッカー部の活動に涙が出てしまう。
ある人は入社前最後の学生生活を振り返り、やり残したことがないか模索しては、入社前研修への不安を抱えながら過ごしている。
またある人は年度末を迎え、一年間で自身がどれだけ成長したか省みて、至らなさに憤っている。


三月になり、大学院で忙しい生活を送っていた後輩が就活を始めた。就活のために髪型を整えネクタイを締めてスーツを着て写真を 撮りに行き、名だたる企業の開催する合同説明会に出ながら自己分析を進め、自己分析とは何なのかについて思い悩んでいる。


就活は、その全体を通して自分の人生を見つめることを求められる。自己分析はそのきっかけにすぎない。
幼い頃から人生の中で選択してきたあらゆる結果が自身の人となりを作っていることを知り、今持っている強みにつながっている源をたずねて、僕らは就活のときに武器にすることができる。
反対に、自身の弱みを生み出している過去と向き合うことで落ち込むこともたくさんある。面接で弱みを突かれて、言葉につまった経験のある人も多いはずだ。
就活を通して多くの人は、弱さを隠すよりも、弱さを認めて成長する方が誰にとっても良いことだと感じるのではないだろうか。


話は少し変わるが、世間に遅れてようやく映画『ラ・ラ・ランド』を観た。
主人公のセブとミアはふたりとも夢に向かって突き進む若者で、その無謀にも見える挑戦を受け入れてくれる町、ロサンゼルスにいる。
ふたりとも運命に導かれるように惹かれあい、共に自分の夢に向かって進む仲間として、友達以上の関係に進展する。
しかし、自分の人生と向き合う機会を初めてもった時、ふたりは自身の至らなさを痛切に感じる。自身の持つ弱さと向き合った末のやりきれない思いを理由にそれぞれの夢から目を背け、夢を追うことを諦めてしまうふたりを引き止める存在はどこにもいなかった。
やがてふたりは弱さから目を背けていることを自覚し、夢を追うことを諦めてしまった自分の選択を肯定し、前に進むために新しい選択をすることになる。


その選択から数年経って、ふたりはそれぞれ、夢を叶えていた。
夢を叶えたふたりが再び出会ったとき、ミアは「もしセブがあのときこうしてくれたら」を空想する。もし、最初の出会いで抱きしめてくれていたら。もし、夢を叶える舞台に一緒に来てくれていたら。もし、今も隣にいるのはセブだったら。その時、空想の終わりが訪れる。
「もし、今も隣にいるのがセブだとしたら、この淡い夢のような空想を見せてくれるような素敵な人は、いったい誰なのだろうか」


お互いが夢を叶えたときにはふたりは一緒ではなかったという現在の事実は、ふたりが夢を叶えたという現在に至るまでに必要だった過去の選択だと認めなければいけない。
現在の自分を肯定するためには、過去を肯定する必要が出てくるということだ。
夢を諦めない選択をした人も、夢を諦める選択をした人も、それは等しく現在の自分があるために必要な選択であったのだ。


映画『ラ・ラ・ランド』はひたすらに今を肯定する物語だ。
世間では後ろ暗い話題が多い時でも、自分は前を向いて必死に立っていなければならない時はとても多い。
夢を叶える時に、反対を押し切っていかねばならない時もある。
そんな時に人生を前に進めるには、今の自分を肯定していられる勇気が必要だ。
その勇気をもらうひとつの手段として、『ラ・ラ・ランド』をすすめたい。
何者かになるために前を向いている人、後ろ暗い過去を肯定できない人、何かを成し遂げるための勇気が欲しいあらゆる人に今見て欲しい映画として。


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